going my way in Nepal

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going my way with Nepal

見ること聞くこと、すべてが新しいもの。もっと知りたい、もっと知ってほしい。

ルンビニ①ブッダの歴史をざっくり

ブッダはネパールで生まれたって知ってました?

私はそのことをネパールに来てから知りました。

 

ブッダの生誕地として知られるルンビニは西ネパールのインド国境からすぐの場所。

 

ここでブッダの歴史をちょっと。

 

2500年程前、ヒマラヤ南麓に位置したシャカ国にて。

国王の元に生まれる子供がゴータマ・シッダールタ(後のブッダ)。

王家では第一子は宮殿の外で産まなければならないという決まりがあった。

王妃は外で産まなければならないのであれば、 自分の実家で産むことにした。

彼女の実家に帰るには徒歩での長旅だった。

途中道にあったルンビニの平和な土地で一休みをしたところに突然陣痛が起 き、アショーカの木の枝にしがみつくと、王子が生まれた。

王子はそこから7歩進み、天地を指して「天の上にも、天の下にも、我こそ最も尊い者なり」と語った。

 

わお。

 

王子の将来を占ってもらうと、「宮殿の外を見なければ力強い国王になり、宮殿の外を見ればブッダとなる」とのこと。

王子は16歳で結婚して、宮殿で生活しながら様々な能力を発揮した。

同時に宮殿の外でも老人・病人・死人・修行者を目にし、29歳で出家を覚悟した。

 

修行中、ヨガ修養を行ったが納得いかず、苦行に挑戦。

何も食べない6年間、何度か死にかける。

 

苦行を通して分かったこと:こんな生き方は良くない。

気付いて良かった。

 

その後ご飯を食べて体を綺麗すると、悟りを開いてブッダとして知られる存在になった。

 

ブッダは自分を「宗教リーダー」というよりも、「ヒンズー教以外の道を教える先生」であると考えてきた。

彼は、神のような神秘的なものが存在するかどうかは人間には知る由もなく、人の運命は、結局は自分自身の責任にあることをずっと教え続けてきた。

 

えっ?って思うよね。

日本ではブッダを神様として拝む人がたくさんいるよね。

 

人は皆平等であると教えてきたブッダ。

ブッダは賢くて並外れた力を持っていたが、それでも人間だった。

ブッダの死後、彼の弟子たちはブッダを神として拝むことでブッダは特別な存在になると考えた。

ヒンズー教にはたくさんの神が存在し、その中にブッダを神として入れてしまった。

 

ネパールのたくさんのヒンズー寺院にはヒンズーの神々と一緒にブッダも座ってる。

ヒンズー教と仏教が共存してるのは良いことだなーなんて思ってたけど、これがブッダの望んでた運命ではなかったのかと思うと見る目が変わる。

ブッダ自身も元はヒンズー教ではあったけれど、仏教が生まれたネパールでは今では仏教が少数派で 、ヒンズー教が8割を占めている。

 

 

そんなブッダが生まれた地、ルンビニ。

 

紀元前249年にインドのアショーカ王がルンビニを訪れて石柱を立てた。

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アショーカ王が自らシャカムニ・ブッダ誕生の地に巡礼した、と書いてある。

ブッダの生誕地としていくつかの候補が南アジアには存在するけど、この石柱が理由でルンビニが生誕地として認められ世界遺産にも登録された。

 

14世紀を最後に巡礼の記録が途絶えていて、

ルンビニはイスラム勢力によって破壊され、人々から忘れ去られた。

 

しかし1896年にドイツの考古学者がアショーカ王の石柱を再発見し、再びルンビニの存在がブッダの生誕地として注目を集め、世界中からルンビニ開発の助けが出て、各国の寺院の建設が進められている。

 

それぞれの寺院や博物館は今もまだ建設中のものも多くて、まだまだルンビニは開発中。

 

あの偉大なブッダが生まれた地、もっと宣伝したら世界中から観光客が押し寄せる有名な観光地になってもおかしくないはずなんだけど。

ルンビニののんびりとした平和な雰囲気に、ルンビニ開発のスピードが飲み込まれているような。

 

でもそんなルンビニには2年後に国際空港ができる。

これでルンビニはすごく変わるだろうね。

ルンビニ頑張れ!